コーヒーを煎るライセンス
フリードリヒ大王は初め、コーヒーを禁止しようとしました。
代わりに国産のチコリを代用品にしようとしたのです。
しかし、1781年になって政府は、コーヒーを禁止するのがいかに困難かを悟りました。
そこで、コーヒーを王室が独占することにし、王室の許可なしにコーヒーを焙煎することを禁じました。
コーヒーを煎るライセンスが与えられたのは、貴族、聖職者、そして高級官僚。
コーヒーは政府からの購入となり、その結果、フリードリヒの収入は大幅に増加しました。
いうまでもなく、その私的ライセンスは、購入する余裕がない一般庶民の手にはわたりませんでした。
コーヒーを煎るライセンスとして与えられるバッジは、上流階級の会員証のような役割を果たました。
その一方で、一般庶民は安い代用品として、大麦、小麦、トウモロコシ、チコリ、干しイチジクなどを求めざるをえず、あるいはコーヒーを非合法的に確保せざるをえなかったのです。
焙煎禁止を強化するため、障害を持つ兵士たちが「コーヒー捜索者」として雇われ、無免許でコーヒーを煎る者を探し出しました。
フリードリヒはコーヒーを、特権バッジを付けた上流階級の飲み物にしてしまったのです。